コロナ問題について3-政策はどうだったか-

 正直政治は全然詳しくないので、詳しい人から見たら的外れなことを言っているかもしれません。

 

 コロナ問題で、ネットで政権を批判する内容をたくさん見た。また、政府を擁護するコメントも見た。

 普段は全然政治に関心なく生きているので、今回色々と考えさせられたのは、ネットの人たちのおかげかもしれない。

 

 Twitterでは自分と似たような考えの人をフォローしがちなので、考えが偏りやすく危険だと思う。

 私は政治とは関係ない趣味でフォローしている人が多いからか、政府を庇う意見も、激しく批判する意見も見た。ついつい自分と違う意見は否定したくなるけど、様々な方向から意見を取り入れるのは必要だと思う。

 

 その上で、これは個人的な考えだけど、今回のコロナ対策は、全体的に見れば成功と言えると思う。

 

 外国と比較して感染者数・死者数が少ないこと。外出禁止じゃなくて自粛要請だけで抑え込めたことは大きいと思う。

 

 「政府は何もしていない。国民が頑張っただけ」という批判もあるが、確かに国民はかなり真面目に自粛要請を守り、手洗い・うがい、マスクをしたと思うが、そういう日本人の特性を理解して極端な対策をしなかったとしたら、それはそれで正しかったということになる。

 

 もっとも、何が本当に効果があったのかということは、検証しなければならない。

 

 「運が良かっただけ」という意見もあるが、実際に国民はかなり努力したので、運だけと言うのはないと思う。それが政府の努力かというのは微妙だが。

 

 アベノマスクや給付金も給付が遅いとか、マスクいらないとか10万じゃ足りないとか批判はあるが、外国では一律10万円ももらえないと聞くし、10万円はかなり助かったので有り難く思う。でも、まだ足りないのでまた10万円もらえたら嬉しい。まだ全然仕事が戻らない。政府の方々よろしくお願いします。

 

 日本では「他人に迷惑をかけてはいけない」という意識が強いので、マスクをちゃんとして自粛要請を守り、外出した人を批判したり経営している店に張り紙を貼ったりする。「周りの目を気にする」ことは嫌いだが、それが良い方向に働いたということだろうか。

 まぁ、周りのことを考えて行動することは美徳の1つではあると思う。

 

 健康保険制度もちゃんとしていて、医療崩壊も起きず(医療関係者の方たちがすごく頑張ってくれたと思う)、素晴らしい面もたくさんあった。

 

 もちろん色々な問題が起こったのは事実で、コロナによって日本社会の問題がかなり露呈したんじゃないかと思うので、それに関しては色々考えていかなきゃいけない。

 

 しかし、文句ばかり言っている人は完璧な対応を期待しているのだろうか。完璧な対応とはどういうものなのだろうか。それは未知の感染症に対してでもできるものなのだろうか。

 

 政府に対しておかしいと思うことや改善してほしいことはどんどん言えばいい。しかし、何でもかんでも文句を言いたいだけなんじゃないかと思う人はいる。ただ怒りや不満をぶつけたいだけなんじゃないかと思う人もいる。

 政府に文句を言いながら政府に依存しているんじゃないかと思う。

 言うなら根拠のある批判にしてほしい。

 

 検察庁法改正案への反対のツイートも、結局何がそんなに問題なのか分からなかった。

「100%クロ」と言う人もいたが、100%と言い切れる根拠は何なのだろうか。

 

 Twitter(ネットやテレビも)は知らず知らずのうちに空気を作り出していて、無意識のうちにその空気に呑まれてしまうことがある。

 何が正しいのか、自分で考えていくことが大事だよなと思っている。

 

 

 

 渡部建のスキャンダルでちょっと思ったこと

 アンジャッシュ渡部建さんが不倫して番組自粛した件で、なんとなくもやもやするところがあったので。

 

 私は芸能人の不倫やスキャンダルは基本的にはどうでもいいと思ってるし、騒ぐのは下らないと思っています。世間に謝罪する必要もないと思っています。「世間をお騒がせして」っていう言葉は嫌いです。

 

 なのに今回はなんだかひっかかるものがあった。

 

 もちろん世間ではバッシングがひどく、ネットでも渡部さんを責める声や罵る声が溢れていた。

 

 しかし、その中で、彼を庇う声もけっこう見た。「他人の家庭のことだから口を出すな」「不倫しようが一般人には関係ない」「木村花さんの件から何も学んでいない」「責めていいのは奥さんだけ」「あんまり責めると可哀想だ」「ワイドショーはそんなことばっかりでほかにやることがないのか」等。

 

 本当に「一般人には関係ない」のだろうか。

渡部さんは現在多数のレギュラー番組を持っていて、夫婦でCMもやっている。私も「王様のブランチ」や「相葉マナブ」「行列のできる法律相談所」などけっこう彼が出ている番組を見ていた。番組を楽しみに見ていた人にとっては裏切られた気分もある。

 

 また、番組自粛となるとその損害は計り知れないものになる。

「王様のブランチ」で佐藤栞里さんが泣きながら挨拶していたが、共演者やスタッフに与える影響も大きいものである。

 

 その彼が番組自粛となればテレビで伝えないわけにもいかないと思うし、その理由も伝えなければならない。CMはイメージが大事だし、情報番組のMCではその人自身のイメージや人柄は大切だ。

 

 渡部さんはそのことに対する意識が足りなかったと思うし、その部分は責められても仕方ないと思う。

 

 あと個人的にだけど、多目的トイレで不倫は酷すぎて庇える要素がないと思う。そんなことをしていたら週刊誌じゃなくてもいつかはばれていたと思うし、いろいろ自覚がなさすぎる。奥さんも子どももいるのにと言われるのも当然だし。芸能人だから「その家庭の問題」というのも程度があるような。

 

 もちろんワイドショーや週刊誌を肯定しているわけではなく、性行為を暴露することはプライバシーの侵害に当たるし、長々としつこく不倫の内容を放送することは必要ない。しかし、影響の大きさからニュースにすることは間違ってはいないと思う。

 

 「奥さんが可哀想」と言う人に対して、「本人じゃないから関係ないだろ」と言う人がいるが、「奥さん可哀想だなぁ」と思ったのは、そう思った人自身の感情である。「奥さん可哀想」というのも「ひどいことするなぁ」というのもそう思った人自身の感想である。それを否定する必要はないと思う。

 

 木村花さんと比べている人もいるが、社会的に問題を起こしたわけではない木村花さんと比べるのは違うんじゃないかと思う。

 

 もちろん執拗にバッシングを続けたり、誹謗中傷することは違法なので、「悪いことをした人に何を言ってもいい」みたいなのは強く反対する。批判は良くても中傷は駄目である。

 

 まぁこれだけ社会的制裁は受けたのでもう謝罪会見する必要はないと思う。奥さんには謝罪したみたいなので別にそれ以上はいいと思うけど、「批判しちゃダメ」というのもそれはそれで問題なんじゃないかなと思った。

 

 それにしても佐々木希さん「夫と話し合う」って言っててすごいなと思った。私だったら耐えられないかもしれない・・

 

 

  

 コロナ問題について2-良い方に考える-

 前回に続いてコロナのことを考えたい。

 

 今は「人生の夏休み」もしくは「人生の大掃除」みたいだなと思う。

 うつ病になったときは「人生の夏休み」のようだったけど、何もできずに辛い毎日だった。あのときに比べたら好きなことが色々できるので、ずいぶんマシだ。

 人生でこんなにのんびり過ごせる時間は貴重でもある。人生の長期休みのようでもあるし、家の中を片付けたり、断捨離したりしているので、人生の大掃除のようでもある。これからの生き方を変えることもあるかもしれない。

 そして、「人に会わない」「機械に頼った生活」「オンラインでやりとり」「あまり動かない」というのはなんとなく近い未来の生活のようだ。近い将来こんな働き方が増えていくような気がする。コロナ後に色々なことが変わるんじゃないかと言われているけど、今より良くなることも多くあるんじゃないかと思う。

 私は普段からだいたい外出しないし、デスクワークなのでいつも運動不足なのだが、そのおかげで(?)長時間座っているときは合間に立って運動するようにしたり、家でヨガをやったりしていたので、それが今回役に立っているなあと思う。

 家の中でやることがなくて退屈と言う人もいるが、やりたかったことを色々始めてみればいい。何でも1つのことを極めようと思ったら時間がいくらあっても足りない。やってみてイマイチだと思ったら辞めてもいい。

 読書や映画なども、いろんな刺激を与えてくれたり、色々な考えを取り入れることができて人生を彩ってくれる。人生の時間は限られている。触れられる映画やドラマや本にも数に限りがある。いろんな作品に出会える機会になるんじゃないだろうか。

 もちろん何もしなくてもそれでいい。自分のできる範囲でそれでいい。何もする気にならなかったら、「それだけ疲れてたんだな」と思い、ゆっくり休めばいいと思う。

 

 今回、無理矢理にでも良い方に考えると、いじめや不登校に悩んでいる子ども、セクハラやパワハラで辛い思いをして会社に行っていた人、満員電車にうんざりしていた人たちは、少しだけでも解放されたと思う。

 もちろん自粛が解除されたらまた日常が始まるので再開時は辛いけど、少し解放されるだけでも精神的には楽になるんじゃないかと思う。(DVなどまた別の問題はあるが・・)

   そして再開したとしても、辛い思いをしないで済む方法をみんなで考えていける社会になればいいと思う。「辛い思いをしてやらなければならないこと」はなるべく減らして、自分が楽に生きてもいいし、休んだり逃げたりしてもいいとみんなが実感できるようになれば良い。

 

コロナ問題について

  感染が拡大しているとはいえないが、感染数が少ないともいえない田舎だけど、やっぱりコロナの影響は大きく、会社の仕事はほとんどなくなった。

 親や友達は特に影響もなく普通に仕事に行っているので、業種によって差があるんだな、と思う。

 私はパート社員なので元々収入は少ない。今回の件で一応会社から休業補償は出るのでありがたい。そして10万円の給付金もありがたい。でも、このまま仕事がなかなか戻らないままだと収入がどんどん減っていき、生活が成り立たなかなるんじゃないかという恐れはある。

 

 しかし今は家で好きなことをしているせいかあまりストレスがない。巷では「我慢ばかりだ」「家でやることがなくて退屈だ」という声が聞かれるが、私は元々家が好きなので、家にずっといることが何も苦だと感じない。家でやりたいことは色々ある。

 鬱になってからずっとできなかった読書を何年ぶりかにやった。昔買った本を読み返してみた。久しぶりだから読めるか不安だったが、読み始めたら面白くて再び読書にハマりそうになっている。

 ネットで副業を探したり、スマホでゲームをしたり、お菓子作りをしたり、部屋の片付けや掃除をしたり、家でヨガたり、庭の草取りをしたりして、けっこう忙しく充実している。

 本気で色々なことをやろうと思ったら、時間がいくらあっても足りないと思う。

 

 家にいると不安でネットでコロナの情報を調べたり、しんどい思いを増幅させてしまう人もいるらしい。

 テレビはコロナのことばかりだし、ネットでもネガティブな情報が多く、感染者を攻撃したり誰かを叩く行為が目立つ。

 自分がどんな情報を取り入れるかは自分でしか決められないので、なるべく不快な情報を避けることも必要だと思う。

 美味しいものを食べたり、軽く身体を動かしたり、自分がリラックスできたり、楽しいことを探せばいい。

 外には出れないけど、逆に家でできることなら何でもできるのだ。ネットもあるし、買い物には行けるし、最低限の生活には困らない。

 

 でも我慢しすぎるのは良くない。ストレスで鬱になったり、体調を崩したりしたらそれも大きな問題だと思う。

 

 営業している店に張り紙をする「自粛警察」や、医療従事者への差別や感染者へのバッシングなどは、「自分は我慢しているのに」というストレスや、病気に対する不安や、これからの生活への不安などがあるせいじゃないだろうか。

 自分の行動は自分でしか責任が取れないのだ。自粛要請を出すのは政治家だが、自粛要請を聞いてどの程度感染を避けつつ行動するかは自分で決めるしかない。人混みを避けつつ、人との距離を保ちながら、気をつけながら、自分の目的を果たすしかない。

 人には色々な事情がある。どうしても外出する必要があったり、このままじゃ潰れてしまうから店を開けたり、このままじゃ精神が耐え切れないから息抜きがしたくなったり。それを他人が行動を強制できないと思う。だから自分が選択するしかないのだ。他人をバッシングしたり、正義を振りかざしたって誰かのためになるわけでもないし、新たな苦しみを生むだけだ。

 

 ところで仕事が元通りになったとして、私はちゃんと勤められるだろうか。休みに体が慣れてしまったので、それだけが心配である。

 

 

 

 ニノの追記とオトノハ とジャニーズについて

 ニノのことについて語るのはもう止めようかとも思ったけど、まだ結婚の余波が続いているので(本人が報道陣に答えたことで)、また色々と考えるところがあったので書きたいと思う。

 

 そして翔くんが書いているブログ「オトノハ 」についてもファンの間でざわざわして、そして私もショックを受けてしまったので、気持ちを整理したいと思う。

 

 前回のオトノハ (12/15・webの障害で更新は遅れたけど)の内容については、有料ブログなのでここで詳しくは書けないけど、嵐ファンの間でいろんな解釈がされていた。

 

 私はジャニーズファン特有の「〇〇担」という言い方が苦手である。私は嵐のいわゆる「箱推し」になると思うので、「自担が1番」「他担には分からない」「自担を贔屓しちゃう」「〇〇担が可哀想」などという言い方はすごく苦手である。「みんな同じ嵐ファンだろう!何で分ける必要があるんだよ」という気持ちになる。正直同じグループを見ているはずなのに何でこんなに見ているものが違うんだろうと思うことはある。「〇〇担にしか分からない」「他担には分からない」って、いや、何言ってんの。同じグループ応援してるんでしょ?と思う。

 

 バンドではこういうことはあまり聞かない。「ボーカルのファンがギターの人のファンの気持ちは分からない」とか「ドラムの人が1番。他のメンバー興味ない」という人はあまり見たことない。(中にはいるかもだが)

 

  私は翔くんもそういう考え方をしていたことがショックだった。「自分のファン」と「嵐のファン」を明らかに分ける書き方をしていた。

もちろん「グループ全体のファン」より「自分だけを応援してくれるファン」の方が嬉しいのは当然かもしれないが、それは言わないでほしかった。

 

 グループで活動しているのだから、グループ自体を推すのは普通のことだと思う。ジャニーズの人たちは個人活動も多くしているので個々のファンが付くことは普通かもしれないが、嵐は「5人で嵐」と言ってそういう活動をずっとしてきたので、全体を応援するのが当然だと思っていた。

 

 「グループのファンを大事にすること」がどうして「自分のファンを寂しくさせること」になるのか私には分からない。自分が「ジャニオタ」じゃないからだろうか。グループで活動しているのに、「自分のファン」と「その他」を分ける必要がどこにあるのだろうか。寂しいというよりよく分からない。それに感動している人もよく分からない。

 

 それからニノが結婚のことを報道陣に語った件でも嵐ファンはだいぶ荒れていた。

 私は語ってくれて良かったと思う。テレビで全く結婚の話をしないのはファン以外からすると不自然だったと思うし、みんなが疑問に思っていたタイミングについて話したのも仕方なかったのかなと思う。

 プライベートなことなのでメンバーに相談しなくていいと言う人もいるが、アイドルにとって結婚は人気に大きく関わることだし、あれほど人気があると影響は大きいと思うので、相談することは自然だと思った。

 

 正直休止後じゃなく休止前じゃなきゃいけなかった理由は分からないし、まだすっきりしない気持ちもあるけど、メンバーと話し合って歩み寄った結果なら、ファンがどうこう言うことではないかなと思う。

 

 それからニノファンの人の「他のメンバーはにのみやくんがこんなにひどいこと言われてるのに守ってくれないの?フォローしないの?休止のときは大野くんを守ったのにひどい人たち」みたいなコメントも見たけど、それも違うと思う。

 結婚については発表のタイミングやコンサートやテレビでの扱いも、5人で決めたことだと思う。でもこれはニノのプライベートな件なので4人はニノを信頼して、そして自分が口を出すべきじゃないと思っているから何も言わないのだと思う。休止は5人の問題だけど、今回は個人の問題だ。

 「4人にお祝いしてもらえなくて可哀想」いや、私たちが見てないところではちゃんとお祝いしてるでしょう。ファンの前で「おめでとう」と言うような無神経な人たちじゃないだろう。ショックを受けたファンたちを前にして「おめでとう!イェーイ!」ってそんな無神経な。

 ニノはコンサートで「嵐のファンがみんなで良かった」と言った。多分彼はSNSはそんなに見てないんじゃないかと思った。実際会場に足を運んでくれたファンを見て、変わらずに応援してくれていると思ったんじゃないだろうか。

週刊誌の言うようにメンバーと「不仲」で誰も守ってくれないなら、そんな言葉は出ないんじゃないかと思う。

 

 

 でも、「結婚したらアイドル失格」はないだろう。ジャニーズにいる限りは結婚できないじゃん。だから「ジャニーズは〜」って言われるんじゃないか。

 嵐ファンになるまではジャニオタは怖いと思ってたし、ジャニーズに偏見があった。実際はジャニオタの人たちはみんな好きなものに熱いだけで賢い人も多いし、優しい人も多い。ジャニーズは本当に偏見で見られることは理不尽に思うし、それに対してはおかしいと言っていきたい。

 

 でも、ジャニオタもそう言われる原因を作っていることもあるんじゃないか。アイドルに夢を見たいのは悪いことじゃないけど、相手は生身の人間である。

 「自担」かわいさに他メンバーを叩いたり、結婚は許さないと異常なほどに叩いたりするのは、周りから「やっぱりジャニオタは」って言われることになる。

 

 私は嵐の音楽に感動してファンになった。それからメンバーも好きになった。でも、私は「音楽」が好きなのは変わらない。本人たちも大好きだけど、彼らが歌う曲が、彼らが作り出す作品が好きだ。

 だから、誰かひとりだけいらないとか、ひとりだけ好きであとはどうでもいいとか、そういう声を聞くとうんざりする。誰々が可哀想とか、守られてないとか、1人だけ贔屓されてるとか。

 5人で嵐だと本人たちが言っているのに。5人だからやってこれたと言っているのに。もしひとりだけ好きなのだとしても、その彼の1番側にいて影響を受けてきたのはメンバーじゃないのか。一緒にグループを作ってきた仲間に何も興味がないのか。

 別に必ず5人を応援しなきゃいけないとは思わないけど、グループとして活動する「彼」を理解しようとしてもいいんじゃないか。

 週刊誌やアンチの情報に惑わされずに彼らを見てよ。あなたの大好きな「彼」が所属するグループを。20年間一緒にやってきた仲間を。

 

 私は彼らに着いていく。どこへ向かうか見届けたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Official髭男dism ハマるわ、これは

 星野源といい、米津玄師といいあいみょんといい、King  Gnuといい、世間で十分に流行ってからようやく聴き始める、というパターンを最近は繰り返してしまう。Official髭男dismは今年めちゃくちゃ流行っているのは知っていたが、ちょっと前からようやく聴き出した。

 

  それにしても最近のアーティストの完成度の高さはすごいと思う。独自の音楽性があって、実験的な面白い曲を作っていながら、ちゃんと売れる曲も作れる。しかもデビューからそんなに時間が経っていない人たちだったりする。曲の完成度も高く、演奏も歌も上手い人が多い。すごいと思う。何年もアイドルばかり流行って「邦楽は終わった」とか言う人もいたが、ここ1〜2年で盛り上がってきた印象である。

 

  ヒゲダンの曲はドラマ「コンフィデンスマンJP」を見ていたので「ノーダウト」は知っていて好きな曲だったけど、まさかこんなに人気アーティストになるとは思ってもいなかった。ちゃんとチェックしてなかったことを悔やんでいる。

 

  ヒゲダンの音楽はとにかく聴いていて心地いい。イントロからして印象的なものが多く、メロディーも歌声も演奏も、心を持っていかれる。韻を踏んだ歌詞と伸びやかなハイトーンボイス、それぞれがちゃんと主張している楽器、聴いているだけで体が勝手に踊り出すようなメロディー。メロディーが、音が、歌声が、文句なくかっこいい。

  R&Bを聴きやすいJPOPにしてダンスミュージックにした感じは初めて星野源を聴いたときを思い出した。あと嵐っぽさも感じる。少し昔の洋楽を彷彿とさせるような音楽。もちろん彼らの独自性も感じさせる。耳に残るメロディー。とにかくお洒落。

 

 特にボーカルの藤原聡さんの声がとても好きだ。ソウルフルで熱い歌声なのに少し掠れて乾いた感じがする。高い声が印象的だけど低い声もいい。歯切れの良い歌い方がカッコいい。

 

 「同じ時代に生まれて良かった」と感じるアーティストがいて、それがわたし的には星野源と嵐だったのだけど、ヒゲダンもそれに当たる。嵐の活動休止やニノのことなど色々あって落ち込んでいたけど、ヒゲダンにだいぶ救われたような気がする。

 

 アイドルブームが長く続いたけど、これからはバンドブームが来そうな気がする。もうすでに来ているのだろうか。よく分かってないけど。

 これからはどんどん気になるアーティストは積極的に聴いていきたいなと思っている。

 

 

 

 

 

  

 

  

嵐 5×20+ ライブ 感想(ネタバレ有り)

  2019年12月1日東京ドームに生まれて初めて嵐のライブに行った。

ファンになってから7年。ずっとDVDを見て嵐のライブに行ってみたい、嵐に会ってみたいと思っていた。でも、チケットの競争率が高いと聞いてそれだけで怖気付いていた。

  今まで何度か応募したけど当たらず、今回追加された50公演でやっと当てることができた。

 正直一度も嵐に会えないまま休止を迎えるんじゃないかと思っていたので、夢みたいだと思った。張り切りすぎて体調を崩してしまわないか不安だったけど、ようやく当日を迎えて、無事東京ドームに参加することができた。

 

 ジャニーズのコンサートは初めてだったので、どんなものかと思っていたけど、服装などはみんな意外と普通だった。もっと派手な格好の人が多いイメージだった。

 

  張り切ってうちわまで作って行った。「ピースして✌️」と書いてあるうちわを買って、裏には自分でシールで「20周年おめでとう!」と作った。最初はジャニーズ文化っぽいうちわに抵抗があったが、二度とないチャンスかもしれないので恥ずかしがってはいられない。もしやってもらえたら一生の思い出になると思った。

 

 席は一階のスタンド席で悪くない位置だった。5人の姿が肉眼で捉えられる位置だ。もしかしたら近くを通るかもしれないと淡い期待を抱いた。

 本番直前になっても本物の嵐に会えるのが信じられない気持ちだった。あのいつもテレビで見ている嵐が、DVDでキラキラ輝いている嵐が、目の前に現れるのだ。緊張してきた。

 

  5人の円陣の声が聞こえ、観客から歓声が上がる。カウントダウンが始まり、私の期待もどんどん高まっていった。

  そして5人が出てきた瞬間、私は泣いていた。思ったよりも遠い位置だったけど、テレビで見た衣装で、いつもの歌声で、「感謝カンゲキ雨嵐」を歌っていた。

  そしてそのままお馴染みの曲たちを歌っていく。いつもDVDで見ていた「言葉より大切なもの」の大野くんの「ここには」のあとの観客の「あるから!」が一緒に言えたことが嬉しかった。

 他にも掛け声だったり、コール&レスポンスだったり、一緒に踊ったり歌ったりができたことがほんとに嬉しかった。夢にまで見た光景だった。

  少し疲れが出てきた頃、メンバーが1人ずつムービングステージに乗って近くまでやってきた。興奮してうちわを振って手を振って、懸命に名前を呼んでいた。顔がはっきり見える距離だった。テレビと変わらない姿がそこにあってとても感動した。メンバーはみんな1人1人のファンの顔を見てくれて、手を振ったりピースしたり指差ししたりファンサービスをしてくれた。でもなかなか私の方は見てくれなかった・・

   

   ライブはどんどん盛り上がっていき、いつも聴いていた、見ていた大好きな曲たちが演奏されていく。cool&soulのクールな格好良さ、Everythigの爽やかさ、Monsterのイントロが流れたときの盛り上がり。懸命に汗をかき、歌い、踊り続けるメンバー。それに応えて声援を送るファン。なんだか温かい光景だった。

 

  先日結婚を発表したニノ。私はライブの前までにはだいぶ受け入れてきて、純粋に楽しみにできていた。しかし、複雑な思いもないわけじゃなかった。

  それが不思議とニノの姿を見ていたら「幸せになってほしい」と思えた。ニノは自分の魅せ方を良く分かっていて、頭の良い人というイメージだったが、彼の姿からは飾らない自然体な魅力を感じた。ごまかしがなく誠実で、ファンの歓声に応えていて、嘘のない姿だと思った。この人が傷つけられるのは本当に嫌だと思った。幸い会場には変なファンもいなくて、みんなニノに変わらない熱視線と笑顔を向けていた。なんなら今「結婚おめでとう」とかやっても受け入れられたんじゃないか。

 途中「果てない空」では1番をニノが1人で歌う場面があった。それがニノからの、嵐からのメッセージだと感じた。彼らのパフォーマンス、ファンへの思いやり、真剣で真摯な姿を見て、正直タイミングがどうとか気にしていたことがどうでも良くなった。「休止まではファンのものでいてほしかった」という思いも傲慢だったんじゃないかと思った。そんな浅いところに彼らはいない。タイミングも結婚も関係ない。ニノはニノ、嵐は嵐だった。

  改めてニノ、結婚おめでとう。心から幸せになって下さい。

 

  MCではテレビと変わらないいつもの楽しいトークだった。後半に入ると畳み掛けるようにヒット曲の数々が歌われて、気分が上がらずにはいられなかった。

   最後の挨拶で、「10周年、15周年とやってきたけど、5という数が変わらないことが誇り。相葉、大野、櫻井、二宮、松本、この5人だからやってこれた」「10周年に来てくれた人。初めて来てくれた人も待ってたよ」(細かいところうろ覚えなので違うかも)という翔くんの言葉や、「20年は長いようで・・長かった(笑)20年もやってると4人の顔を見るだけで泣いちゃう。相葉ちゃんなんて顔を想像しただけで泣いちゃう(笑)」「この歳だからさすがに終わったら疲れる。でもステージの上でみんなが見てくれていれば動けるし疲れない。休止後もビジュアルはキープしたい」と言ってくれたリーダー。

  「2019年12月31日の12時59分59秒のキワのキワまで頑張りたい」と言ったニノ。

  「休止と書いてパワーアップと読む」と言った相葉くん。

  「世界中に嵐を巻き起こしたいと本気で思ってる」と言った松潤

  それぞれの思いや休止に対する捉え方に違いはあれど、思いの強さやメンバーの絆、20年の重み、ファンに対する感謝の気持ちがとても伝わってきた。その絆の強さが結婚くらいで崩れるとはとても思えなかった。

 

  嵐とファンは同志なのかもしれないと思った。同じ時代を生きて、それぞれの人生を生きて、いろんな困難を乗り越え、ときどき一堂に会して一緒に騒いで共にライブを作り上げる同志。結婚も休止も、その中の出来事の1つに過ぎなくて、一緒に歳を重ねていける。お互いにそんな存在になれたら理想なのかもしれない。彼らは「ライブは僕たちがやりたいと思うだけじゃできないし、ファンのみんなが見たいと思うだけでも駄目で、ちょうどその思いが一致したときにできるもの」と言っていた。

  彼らは心の底から楽しそうにしていて、「最高に楽しかった。みんなに感謝を伝えたい」と言っていた。彼らは素直で嘘はつかない。嵐がファンのことを大事に思ってくれているのも、メンバーのことを本当に大好きなのも、誠実さも、優しさも、ライブというごまかしの効かない場だからこそしっかり伝わってきた。

 

 「君のうた」ではイントロから泣いてしまって苦しくなった。休止発表以来、君のうたは嵐とファンにとって特別に大切な曲となった。私は何度聴いても泣いてしまう。

  最後の挨拶でも私はずっと泣いていた。彼らのまっすぐな気持ちが伝わってきて、20年間やってきたことの喜びと重みを感じた。そこに自分が居合わせて、一緒にお祝いすることができ、その一員となれたことはなんて幸せなことだろう。

 

  炎を使ったり、スクリーンでいろんな映像が流れたりと演出は派手だけど、(ゴンドラとか空を飛ぶみたいな演出は期待してたけどなかった)シンプルに彼らの歌とダンスとパフォーマンス、じゃれあったり楽しそうな笑顔、彼らの魅力や人柄そのものを感じられるライブだった。あと生バンドはかっこよかった。やっぱり5人で嵐だなぁと心から実感できた。この5人が大好きだ!

 

  始まる前は3時間半も体力が持つか不安だったけど、終わってしまえばあっという間だった。さすがに筋肉痛はひどかったけど・・

  嵐に会えたことも夢まぼろしだったんじゃないかと思う。

 忘れたくないからとりあえず覚えていること、感じたことを書き連ねたけど、とても長くなった上に夢中になって詳細を覚えていないところもあり、まとまりのない感じになってしまった。

 

  欲を言えばカップリングとアルバム曲聴きたかったな。一生に一度の気持ちだったけど、また行けたらいいな。

  今回の思い出はずーっと大切に大切に胸の奥にしまっておきたいなーと思っています。最高のライブでした。